1999 日食観望報告 −ハンガリー バラトンフュレドにて−


【20世紀最後の皆既日食】
20世紀最後の皆既日食が、1999年8月11日イギリス南部からヨーロッパ大陸・インド・ベンガル湾に及ぶ広い範囲で見られました。大学時代、太陽を卒論のテーマにしていた私は、「日食が見たい」という20年来の念願を叶えるべく、ハンガリーへ行ってきました。
ご存知のように日食は、月が太陽を覆い隠してしまう現象です。この現象は古くから記録に残されており、日本でも「天の岩戸(磐戸)神話」も皆既日食を記したものと考えられています。地球から見たとき、太陽と月はほぼ同じ大きさに見えるため、輝いて見える太陽の光球部分が月に隠されてしまうため、普段は見ることができない、太陽を取り巻くコロナやプロミネンスを見ることができます。
日食も天体現象ですから、曇ってしまうと見ることはできません。観望地の選定にあたっては、快晴率が高いところほど望ましいことはもちろんです。今回の日食では、トルコ・イランがベストなのでしょうが、8月の中旬では相当の高気温になると考えられ、日射病で倒れてしまうのでは・・・。ということで私の場合、訪れる機会も少なそうなハンガリーへ行くことにしました。

【8月9日】 − 日食前々日 −

8月8日に成田を出発、ロンドンを経由し、その日のうちにウィーンに到着していました。
この日は、午前中ウィーン市内の観光、昼食をとった後、陸路ハンガリーを目指しました。朝から快晴に恵まれ、透き通るような青空が美しい日でした。この天気が日食の日まで続けば良いのにと思いつつ、出来すぎの青空にイヤナ予感を感じずにはいられませんでした。

途中で立ち寄った露天
ハンガリー名産のパプリカがカラフル。
ハンガリー料理にもパプリカを使ったものが多い

ウィーンを出発して4時間あまりで、観測地となるバラトンフュレドに到着しました。バラトンフュレドは、ヨーロッパ屈指の大きさ(ほぼ琵琶湖ぐらい)を持つ淡水湖であるバラトン湖のほとりある小さな町で古くから温泉療養地として知られているそうです。バラトン湖は、海のないハンガリーにとって夏のバカンスには欠かせないところで、湖畔にはバラトンフュレド以外にもいくつものリゾート地があります。
バラトンフュレドは湿気はやや高いものの涼しいところと聞いていました。しかし到着した日は気温・湿度ともにかなり高く、高温・多湿に慣れている(?)名古屋人でも閉口してしまうような気候でした。これはかなり特別であったようです。事実、このあたりのホテルにはエアコンなど1つもないようです。むしろリゾートにやって来てまで、エアコンのあるスタイルを望むことが間違っているのかもしれません。しかしエアコンに慣れてしまっている私には、寝苦しい夜であったことは言うまでもありません。


【8月10日】 − 日食前日 −
この日も朝から晴れとなり、明日への期待が高まるものの、雲量が多いのが気になります。

「リリ・プット」 − 歩く方が速いかも −
ヘーヴィーズの「温泉湖」
まったくの曇り空が気になる
明日への希望をつなぐ夕焼け

午前中はバラトンフュレドの中心地を散策することにしました。ホテルの前から「リリ・プット」(1回200フォリント=約100円)に乗ること数分、バラトンフュレドの中心地に到着です。もともと小さな町ですから、中心地も半径300mの円内におさまるほどです。円形の教会などを回って、コッシュートの泉を訪れました。この泉からでる水は心臓の病などに効き目があるというので、少し飲ませてもらいました。冷たいのですが味はかなり鉄っぽく、薬と考えた方がいいでしょう。


そうこうするうちにお昼になったので、レストランで昼食をとりました。ハンガリーでは、料理もビールもドイツの影響が強いようで、ビールとハム・ソーセージはお勧めできます(ただしビールは日本のようには冷えていません、特にビンビール)。ここのレストランでは、あえてスパゲッティやライスを注文しました。スパゲッティはトマト味の焼うどん的で茹で時間を長くするスタイルのようです。意外なことに、ライスは日本のお米に近く短粒米でした。いわゆる炊きこみピラフのスタイルでしたが、おいしくいただきました。
再び「リリ・プット」に乗ってホテルに戻り、午後からバラトン湖の西の町、ヘーヴィーズにある「温泉湖」へ向かいました。

この「温泉湖」は直径約240m、深さ約37mのほぼ円形の湖(見た感じは池?)ですが、水温が30℃前後と温水プールに近いといえます。岸辺のあちこちにはハスの花が咲くなど、日本ではおおよそお目にかかれないところです。



ここに1時間ほどつかって、ホテルへ帰るバスに乗りました。「温泉湖」に向かう途中から雲量が増し到着しころには、完全に曇ってしまいました。そのうえホテルに戻る途中には、雨がパラつきだしました。ホテルに到着したころには、少し晴れ間が見られたものの、明日の天気が心配になりました。その後、北東の方向に見られた、夕焼けに明日の快晴の期待を賭けました。この晩は涼しく快適だったのですが、やはり明日の天気が気になってなかなか寝つけません。



【8月11日】 − 日食当日 −
空の様子が気になって、3時ごろ窓から覗いてみると、かなりの澄んでおり意外と多くの星が見えました。これなら安心とベットに潜りこんだのですが、1時間ほどしてまた目がさめてしまいました。もう一度空を見てみると、うっすらと曇っているようです。西方向では遠くで稲光のせいか光っているようです。「天気は西から変わる」と言いますが、ハンガリーでも同じでしょう。これはまずいなと、再びベットに横になってしばらくすると、雨が窓ガラスをたたく音が聞こえます。やがて雷が鳴りだし、とうとう雷雨となってしまいました。「こりゃダメだな」とあきらめがついたせいか、そのまま眠ってしまいました。

日食当日の滞在ホテルと空
やがてこの雲が太陽を覆う


8時ごろ目ざめてみると、雨は止んでいましたが、あいかわらず曇りで太陽は良く見えません。西の空はとみると、地平線に近い低い空にはわずかに青空が望めます。太陽が皆既状態になるお昼までには晴れてくれるかも知れません。朝食をとっているうちに雲間から日がさしてきました。機材を持って外にでてみると、雲量はかなり小さくなり青空も広がってきました。食が始まるころ(第一接触:11時26分ごろ)には太陽の方向にはまったく雲がなくなりました。観望場所は、ホテルとバラトン湖に挟まれたホテルのプライベートビーチです。周囲にはハンガリーやイタリア・ドイツ・オーストリアなどからバカンスを楽しみにやってきた人達であふれています。我々のように機材を抱えてやって来る輩は奇異に写ったことでしょう。とはいっても老若男女にかかわらず、太陽を見るための減光メガネをかけ、日食を楽しみしているようです。
時間の経過とともに食が進むのですが、雲がながれて時々太陽を隠してしまいます。皆既状態となる(第二接触:12時49分ごろ)前には、大きな雲がやってきて太陽を覆ってしまいました。それほど厚い雲ではないので、雲越しに三日月のように欠けた太陽が望めます。このままかと思ったのですが、皆既状態が間近になると太陽を覆う雲が薄くなり、これなら問題ないと思っているうちに皆既状態に突入しました。太陽が月に多い隠されてしまうと同時に、周囲から歓声とともに拍手が沸き起こります。と同時に太陽の周りに輝く明るいコロナが見られるようになりました。プロミネンスも赤く輝いているのが良く分かります。コロナの形状は、ちょうど太陽が活動期であったことから予想されたとおり、あらゆる方向に広がる全方位型でした。

------なんとか撮影した皆既中のコロナです。------
薄い雲越しのうえピントが甘いせいか、コロナ構造が明瞭ではありませんが、ご笑覧下さい。
画像をクリックすると、拡大表示されます。
内部コロナの構造が分かるかと思います。
肉眼で見たイメージに最も近いようです。
赤く輝いているのは、プロミネンスです。
BORG76ED
(f=500mm F6.6)
NikonF60
Fuji PROVIA(RDPU)
1/125Sec
中間層のコロナの構造が分かるかと思います。 BORG76ED
(f=500mm F6.6)
NikonF60
Fuji PROVIA(RDPU)
1/60Sec
外部コロナの構造が分かるかと思います。 BORG76ED
(f=500mm F6.6)
NikonF60
Fuji PROVIA(RDPU)
1/8Sec

「美しい!!」、皆既中の太陽は、この一言に尽きます。実際に見てみないと、この美しさは分かってもらえないでしょう。私の稚拙な言葉では、とても伝えられません。やがて皆既状態も終わり(第3接触:12時51分ごろ)に近づきます。

日食中は木漏れ日まで三日月型になります

約2分22秒の皆既状態が終わり、太陽がほんの一部分だけ顔をのぞかせます。その一瞬の光は、皆既状態の暗い太陽に慣れた目に大変眩しく、リング状に輝くコロナとともに、まるでダイヤモンドの指輪が輝くように見えるところから、ダイヤモンド・リングと呼ばれています。日食はこの一瞬が一番美しいと言えます。このときにも一層大きな歓声と拍手が沸き上がりました。この瞬間の美しさに匹敵するものはそんなに多くないでしょう。ただ残念なことに、事前の研究不足のため、この瞬間の撮影には失敗してしまいました。
初めての日食観望ということあり、反省点も多かったのですが、満足のいく観望となりました。チャンスさえあれば、何度でも観望に出掛けたいと思います。

【今後の皆既日食】
直近の皆既日食は、以下の通りです。

日時 主な観望地
2006 29 アフリカ北部から中央アジア
2008 カナダ北部から中央ロシア
2009 22 インド北部から南西諸島
2010 11 南米南端
2012 11 13 オーストラリア北部

主な観望地は、一般的な観光地ではありませんから、各旅行会社の企画ツアーを利用するのが無難でしょう。
日本国内では、2009年7月22日に奄美大島北部と屋久島南部で見られます。本州での観望を望まれるなら、2035年9月2日までお待ち下さい。


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